歴史
オデッサの英雄的防衛
ソ連軍は73日間にわたり、オデッサに対する優勢なファシスト軍の進攻を勇敢に阻止し、ドイツ軍とルーマニア軍が南方戦線で前進するのを防いだ。10万人以上のオデッサ市民が防御工事の建設に参加し、3つの防御線と市内に250以上のバリケードが築かれた。海上からは黒海艦隊の艦艇と沿岸砲兵が都市を守った。ナチスとその同盟軍の兵力は、オデッサを守るソ連軍を数倍上回っていた。ルーマニア軍だけで34万人以上いた。敵の損害は将兵16万人以上、航空機約200機、戦車約100両にのぼった。ファシストが市内に侵入した後も戦闘は続いた。オデッサ共産党(ボルシェヴィキ)地方委員会と地区委員会が地下で結成され、約4万人の市民が地下洞窟に退却し、1944年4月10日の都市完全解放まで抵抗を続けた。周辺地域では2つのパルチザン部隊が活動し、占領軍とその協力者約3000人を撃破した。オデッサ防衛戦は1941年10月16日に敗北ではなく、指揮部の命令により終結した。守備隊は敗れず撤退した。1942年12月22日、「オデッサ防衛」メダルが制定され、3万人以上が受章した。